東京地方裁判所 平成2年(ワ)16538号 判決 1993年3月24日
東京都中央区銀座八丁目四番一七号
原告
株式会社リクルート
右代表者代表取締役
位田尚隆
右訴訟代理人弁護士
高井伸夫
同
高下謹壱
同
光石忠敬
同
光石俊郎
三重県四日市市泊小柳町三番二八号
被告
株式会社三重リクルート社
右代表者代表取締役
舩木正己
右訴訟代理人弁護士
岡力
主文
一 被告は、その営業上の施設又は活動に「株式会社三重リクルート社」の商号及び「三重リクルート社」の営業表示を使用してはならない。
二 被告は、その看板、会社案内、パンフレット、その他の印刷物から「株式会社三重リクルート社」及び「三重リクルート社」の表示を抹消せよ。
三 被告は、原告に対し、津地方法務局四日市支局昭和五五年八月一五日受付をもってした被告の設立登記中、「株式会社三重リクルート社」の商号登記の抹消登記手続をせよ。
四 被告は原告に対し金一〇〇万円及びこれに対する平成三年一月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
五 原告のその余の請求を棄却する。
六 訴訟費用はこれを一〇分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。この判決の第四項は仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
1 主文第一項ないし第三項と同旨。
2 被告は、原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 右第2項について仮執行宣言
二 被告
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 請求原因
一 当事者
1 原告は、昭和三八年八月二六日、商号を「株式会社日本リクルートセンター」、営業目的を広告業、出版業、印刷業等として設立登記された株式会社であり、昭和五九年四月二日商号を現在の「株式会社リクルート」と変更し、設立以来現在に至るまで、求人情報、進学情報及び商品情報を扱う情報誌ビジネスを中心として事業展開をしている。
2 被告は、昭和五五年八月一五日、商号を「株式会社三重リクルート社」とし、営業目的を印刷業、出版業、情報サービス業、調査業、広告業等として設立登記された株式会社であり、求人誌「フューチャー」、求人情報誌「三重就職情報」等を発行している。
(不正競争防止法に基づく請求)
二 原告の商号、営業表示とその周知性
1 現在の原告の商号は、「株式会社リクルート」であり(以下「原告商号」という)、かっての原告の商号は「株式会社日本リクルートセンター」であり(以下「原告旧商号」という)、営業表示は「リクルート」(以下、「原告営業表示」という。なお、原告商号、原告旧商号、原告営業表示を合わせて「原告商号等」という)である。
2 原告の企業規模は、現在資本金二七億二〇二二万円、平成三年度総売上高三六三七億二一〇〇万円、関係会社四六社、総従業員数七八八五名である。原告は、東京都中央区銀座に本店を設け、日本全国に合計一六の支社及び合計五一の営業所をそれぞれ設置しており、今日求人情報、進学情報及び商品情報を扱う日本を代表する情報誌ビジネス企業となっている。
3 原告は昭和三八年の設立以来「リクルート」を含む原告旧商号及び原告商号を一貫して使用し、また「リクルート」の営業表示を継続して使用してきたものであるが、この営業表示は、情報誌ビジネスの業界では独創的で、原告が最初に使用したものである。
4 原告は原告商号ないし原告旧商号を使用して、次の情報誌を日本全国で発行してきており、その各年度における発行部数は以下に記載するとおりである。
(一) 昭和三八年から、大学生向け会社案内集を、昭和四三年までは「企業への招待」の名称で、それ以降は、「リクルートブック」の名称で発行。
昭和三八年 五万部
昭和四三年 四二万部
昭和四九年 三五〇万部
昭和五五年 四〇七万部
平成元年 六〇八万部
(二) 昭和四三年六月から、就職専門誌「就職ジャーナル」を発行。
昭和四三年 四八万部
昭和四九年 八四万部
昭和五五年 一四二万部
(三) 昭和四五年九月から、進学情報誌「リクルート進学ブック」を発行。
(平成四年から「進学リクルートブック」と名称変更)
昭和四六年 四五万部
昭和四九年 九二万部
昭和五五年 一八三万部
平成元年 三六九万部
(四) 昭和四七年一二月から、新卒採用求人情報紙(新聞)「リクルートタイムズ」を発行。
昭和四七年 三〇万部
昭和四九年 五〇万部
昭和五五年 七七万部
(五) 昭和五〇年六月から、中途採用求人情報誌「就職情報」を発行(昭和六三年一月から「B-ing」と名称変更)。
昭和五〇年 一二〇万部
昭和五五年 八八二万部
平成元年 一六六四万部
(六) 昭和五一年一月から、「住宅情報」を発行。
昭和五一年 七二万部
昭和五五年 一四一八万部
平成元年 二二四一万部
(七) 昭和五五年二月から、中途採用求人情報誌「とらば-ゆ」を発行。
昭和五五年 四六八万部
平成元年 一三二三万部
(八) 原告は、このほかに「月刊ハウジング」、「カーセンサー」、「エービーロード」、「じゃらん」、「ケイコとマナブ」、「ガテン」等を発行している。
5 原告の支社、営業所の設置状況は次のとおりである。
(一) 昭和三八年設立当時
(1) 名古屋営業所を設置(昭和四九年六月名古屋支社となる)
(2) 大阪営業所を設置(昭和四二年八月大阪支社となる)
(二) 昭和四九年
全国で二支社、七営業所
(三) 昭和五五年
全国で二支社、三〇営業所
(四) 平成元年
全国で一七支社、四九営業所
6 本社ビル等の看板「リクルート」の設置は次のとおりである。
(一) 昭和四七年 本社ビルの看板「リクルート」を設置。
(二) 昭和五一年 名古屋支社ビルの看板「リクルート」を設置。
7 新聞、雑誌、テレビ、ラジオ及び取材申込み等の広報件数は次のとおりである。
昭和四四年 一〇七件
昭和四九年 一四三件
昭和五五年 一〇二三件
平成元年 三一〇四件
8 広告宣伝費用は次のとおりである。
昭和四五年 一億〇五〇〇万円
昭和四九年 一億五二〇〇万円
昭和五五年 一二億五六〇〇万円
平成元年 九九億二七〇〇万円
9 マスメディアに原告商号等が紹介された件数のうち、日本経済新聞、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、産経新聞、日経産業新聞等の全国紙に紹介された件数は次のとおりである。
昭和四六年 一三件
昭和四七年 一七件
昭和四八年 一六件
昭和四九年 三五件
10 以上の事実によれば、原告商号「株式会社リクルート」及び原告営業表示「リクルート」は、今日著名のものとなっており、過去にさかのぼっても遅くとも昭和四〇年代後半には、原告旧商号「株式会社日本リクルートセンター」及び営業表示「リクルート」が、日本国内において原告の営業上の施設又は営業活動を表示するものとして著名となっていたものである。
三 被告による「三重リクルート社」の営業表示としての使用被告は、看板、会社案内、パンフレットその他の印刷物に被告会社の商号(「株式会社三重リクルート社」、以下「被告商号」という)又は「三重リクルート社」の営業表示(以下「被告営業表示」という。なお被告商号及び被告営業表示をあわせて「被告商号等」という)を使用している。
四 原告商号等と被告商号等の類似性
原告旧商号「株式会社日本リクルートセンター」及び原告商号「株式会社リクルート」のうち、「株式会社」、「日本」、「センター」の部分には識別力がなく、被告の商号「株式会社三重リクルート社」のうち、「株式会社」「三重」「社」の各部分には識別力がなく、いずれも要部たりえない。両商号は、その主要部分である「リクルート」において同一であり、両商号は類似する。
また原告の営業表示「リクルート」は、被告の営業表示「三重リクルート社」と比較すると、被告の営業表示のうち「三重」「社」の各部分には識別力がなく、いずれも要部たりえないから、両営業表示は、その主要部分である「リクルート」において同一であり両営業表示は類似する。
なお被告は、被告商号は、「三重」の部分において、営業地域を表示することにより、類似性あるいは混同のおそれを否定するが、一般に商号その他営業表示中、地名や地域を表す部分は、他の部分に比べて注意を引くことがないものであるから、被告の主張は失当である。
五 営業の混同及び営業上の利益の侵害
原告と被告は競業関係にあり、原告商号等と被告商号等とが類似することから、被告が被告商号等を使用することにより、原告の営業上の施設又は活動と混同を生じるおそれがある。そして、右事実によれば、原告の営業上の利益が害される。
原告の営業活動と被告の営業活動の混同のおそれがあることは、訴外会社が被告に送金すべきものを誤って原告の名古屋支社に送金した事例があることからも明らかである。
なお被告は、原告と被告の営業活動の地域は重複しておらず、混同のおそれはないと主張しているが、以下に述べるように原告の営業活動の地域ないし原告商号等の周知の地域的範囲は、被告の営業活動の地域と重複している。
1 すなわち、原告は、昭和三八年の設立当時から名古屋営業所及び大阪営業所をそれぞれ設置し、三重県地方においても営業活動をしてきたもので、昭和五二年頃には、名古屋支社ビル屋上に「リクルート」という大きな看板がかもめのマークの看板とともに設置されていた。
2 また被告が昭和五五年に設立される前に、原告が発行している大学生向け会社案内集「リクルートブック」に出稿した三重県内の代表的企業は数社あり、また原告が発行している進学情報誌にも三重県内の主な大学、専門学校の数校が出稿しており、原告の名古屋営業所は、右「リクルートブック」を三重大学、三重県立大学等に配本等していた。
六 被告の故意又は過失及び原告の損害
被告の故意ないし過失による前記不正競争行為により、原告の信用は著しく毀損されている。原告の被った損害は三〇〇〇万円を下らない。
七 よって、原告は、被告に対し、不正競争防止法一条一項二号及び同法一条の二に基づき、被告商号等の使用差止、看板等からの被告商号等の抹消、商号登記の抹消登記手続並びに損害の内五〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払いを求める。
(
八 原告商号の登記
原告は、原告旧商号「株式会社日本リクルートセンター」をかって登記し、現在、原告商号「株式会社リクルート」の登記をしている。
九 被告による被告商号の使用
被告は、被告商号「株式会社三重リクルート社」を登記し、使用している。
一〇 両商号の類似
原告の旧商号「株式会社日本リクルートセンター」及び現在の商号「株式会社リクルート」のうち、「株式会社」「日本」「センター」の各部分には識別力がなく、被告会社の商号「株式会社三重リクルート社」のうち、「株式会社」「三重」「社」の各部分には識別力がなく、いずれも要部たりえない。両商号は、その主要部分である「リクルート」において同一であり、両商号は類似する。
一一 両者の営業の同一
一1、2で述べたとおり、原告と被告の営業はほとんど同一である。
一二 被告の不正競争目的による右商号の使用
次の事実から、被告が原告の社会的経済的信用を不正に利用する目的をもって被告商号を使用していることは明らかである。
1 被告は、原告と同一の営業を開始するにあたり、当時著名になっていた原告の商号「株式会社日本リクルートセンター」と類似の商号をあえて採用している。
2 被告は、原告と同一の求人紙発行事業を開始するにあたり、原告のシンボルマークである「かもめ」(昭和四三年五月社章として採用)と類似のかもめのマークを求人紙「フューチャー」の表紙にシンボルマークとして採用している。
3 被告は、原告が発行し、三重県においても販売している雑誌「就職情報」と類似の題号の「三重就職情報」を付した求人情報誌を発行している。
一三 よって、原告は、商法二〇条一項に基づき、被告商号の使用差止、看板からの被告商号の抹消、商号登記の抹消登記手続、前記七記載の損害賠償金及び遅延損害金の支払いを求める。
(
一四 右一二のとおり、被告は、不正の目的をもって被告商号を使用している。
一五 被告商号は、被告の営業が原告の営業であると誤認させるものであり、原告はこれにより利益を害される虞がある。
一六 よって、原告は、商法二一条に基づき、右一三のとおりの裁判を求める。
第三 請求原因に対する認否及び被告の主張
一 請求原因一1は知らない。同2は認める。
二 同二1ないし9は知らない。同10は争う。
原告が主張する活動の対象者は限定されており、原告商号等に周知性はない。
三 同三は、被告が被告営業表示を使用していることは認めるが、その余は否認する。
四 同四は否認する。
後に、抗弁一(慣用名称の普通使用)において主張するように、「リクルート」は就職関連事業等の業務を示す普通名詞であって、識別力に乏しいものである。したがって、原告商号、原告旧商号、被告商号のうち「リクルート」以外の部分に識別力がないということはできない。原告商号、原告旧商号、被告商号は、「リクルート」の部分と「リクルート」以外の部分との結合による「株式会社リクルート」、「株式会社日本リクルートセンター」、「株式会社三重リクルート社」なる商号によって識別されるのであって、「リクルート」は営業活動の種類を簡潔に示すに過ぎず、更に、「日本」、「三重」が営業活動の地域、範囲を示し、この両者の間に具体的混同を生ずるおそれはないから「リクルート」の部分のみを取り上げて類似するということはできない。
五 同五は知らない。
仮に原告主張のとおり「リクルート」において類似しているとしても、「日本」「三重」がそれぞれの営業活動の地域、範囲を示し、営業表示中の明確な差異を容易かつ確実に認識することができるから、被告の営業活動は原告の営業活動と混同を生ぜしめる不公正な競業活動ではない。
また原告は、平成三年一月一日から、社名の表記を英語の「RECRUIT」に変更し、すでに原告発行の各種情報誌や社内の名刺、封筒等に使用しており、一層原告と被告の営業活動が混同されることはなくなっている。
六 同六は否認する。
七 同七は争う。
八 同八、九は認める。
九 同一〇ないし一二は否認する。
一〇 同一三は争う。
一一 同一四、一五は否認する。
一二 同一六は争う。
第四 抗弁
一 (慣用名称の普通使用)
「リクルート」という言葉は、被告の営業に関する慣用名称ないし普通名称にすぎない。
すなわち、「リクルート」は、現在では就職関連事業等の特定業務を示す普通名詞である。
現に、被告以外にも多くの企業が、「リクルート」及び「リクルート」の類似語として使用されていると思われる「リクルーティング」「リクルートメント」の文字を含む営業表示ないし商号を使用しており、また企業において、「リクルート部」あるいは「リクルート課」を設置している現況にあっては、「リクルート」という表示は、業務の内容を表す表示として広く用いられているもので、営業活動の種類を表示するほかに意味がないものである。
仮に「リクルート」なる語を商号中に使用した最初の会社が原告であるとしても、その設立時の原告の商号は「株式会社日本リクルートセンター」であって、右の商号中の「リクルート」は明らかに業種を示すものとして使用されており、このことも被告の主張を裏付けている。
よって、被告の営業表示は、取引上普通に同種の営業に慣用される表示を普通に使用される方法で使用しているものであるから、不正競争防止法二条一項二号により、同法一条及び一条の二の適用を受けない。
二 (善意の先使用)
仮に原告商号等が周知性を有するとしても、被告は、それが周知性を獲得する前から被告商号及び被告営業表示を善意で使用してきたものである。
第五 抗弁に対する認否
抗弁一、二は否認する。
被告が抗弁一で主張する、「リクルート」又はこれに類似する表示が他の企業により使用されている事例は、原告の関係企業、支社であったり、活動していない会社であったり、原告が現に不正競争防止法に基づいてそれらの商号、営業表示等の変更を求めている会社である。したがって被告の主張の事例を根拠にして、「リクルート」という表示が、被告の業種を示す慣用名称ないし普通名称であるということはできない。
第六 証拠関係は、本件記録中の証拠に関する目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一号証、成立に争いのない甲第二六三号証及び甲第二六四号証によれば、原告は、昭和三八年八月二六日、商号を「株式会社日本リクルートセンター」、営業目的を広告事業、出版事業、印刷事業等として設立登記された株式会社であり、昭和五九年四月二日商号を現在の「株式会社リクルート」と変更し、設立以来現在に至るまで求人情報、進学情報及び商品情報を扱う情報雑誌発行を中心として教育研修、人事管理データサービス、情報ネットワーク等の事業展開をしていることが認められる。
請求原因一2は、当事者間に争いがない。
二 請求原因二(原告の商号、営業表示とその周知性)について
1 前記甲第一号証、甲第二六三号証、甲第二六四号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二号証の一ないし五、甲第三号証の一ないし六、甲第四号証の一ないし三、甲第五号証、甲第六号証、甲第七号証の一ないし三、甲第八号証の一ないし六、甲第九号証の一、二、甲第一一号証の一ないし三、甲第一二号証ないし甲第一五号証の各一ないし四、甲第一六号証の一ないし六、甲第一七号証の一ないし四、甲第一八号証の一ないし六、甲第一九号証の一ないし五、甲第二〇号証ないし甲第二二号証の各一ないし六、甲第二三号証の一ないし五、甲第二四号証及び甲第二五号証の各一ないし三、甲第二六号証の一、二、甲第一九八号証、甲第一九九号証、甲第二〇八号証の一ないし三、甲第二一〇号証ないし甲第二二七号証の各一ないし三、甲第二二八号証の一ないし五、原本の存在及び成立に争いのない甲第二七号証ないし甲第一九七号証、甲第二〇五号証の一ないし三、甲第二〇六号証の一ないし三によれば、次の事実が認められる。
(一) 原告の現在の商号は、右一認定のとおり「株式会社リクルート」であり、昭和五九年四月二日以前の原告の商号は「株式会社日本リクルートセンター」である。
(二) 原告は、現在資本金二七億二〇二二万円で、平成三年度の総売上高は三六三七億二一〇〇万円に達し、関係会社四〇数社、総従業員数七八〇〇名余を擁している。また原告は、東京都中央区銀座に本店を設け、日本全国の主要都市に合計一六の支社と合計五〇余りの営業所をそれぞれ設置し、求人情報、進学情報及び商品情報についての情報雑誌を日本全国にわたって発行している。
(三) 原告が原告商号、原告旧商号及び「日本リクルートセンター」の表示により自らが営業主体であることを示して、全国に向けて発行した情報誌は、次のとおりであり、その発行部数の急成長ぶりが明らかである。
(1) 昭和三七年から、大学生向け求人用会社案内集を当初は「企業への招待」の名称で、昭和四四年からは「リクルートブック」の名称で毎年発行し、その発行部数は、昭和三八年に五万部、昭和四九年に三五〇万部、昭和五五年に四〇七万部と増加し、平成元年には、六〇八万部に達した。
(2) 昭和四三年六月から、就職専門月刊誌を「就職ジャーナル」の名称で発行し、その発行部数は、昭和四九年に八四万部、昭和五五年には一四二万部に達した。
(3) 昭和四五年九月から、進学情報誌を、「リクルート進学ブック」ないし「進学リクルートブック」の名称で毎年発行し、その発行部数は、昭和四九年に九二万部、昭和五五年に一八三万部、平成元年には三六九万部に達した。
(4) 昭和五〇年六月から、中途採用求人情報週刊誌を当初は「就職情報」の名称で、昭和六三年からは「B-ing」の名称で発行し、その発行部数は、昭和五〇年に一二〇万部、昭和五五年に八八二万部、平成元年には一六六四万部に達した。
(5) 昭和五一年一月から、住宅関係の情報週刊誌を「住宅情報」の名称で発行し、その発行部数は、昭和五一年に七二万部だったものが、昭和五五年には一四一八万部に、平成元年には二二四一万部に達した。
(6) 昭和五五年二月から、中途採用求人情報週刊誌を「とらば-ゆ」の名称で発行し、その発行部数は、昭和五五年で四六八万部であり、平成元年には一三二三万部に達した。
(7) 原告は、このほかにも「月刊ハウジング」、「カーセンサー」、「エービーロード」、「じゃらん」、「ケイコとマナブ」、「ガテン」等の情報誌を日本全国に向けて発行している。
(四) 原告は、昭和四九年当時において、大阪と名古屋にそれぞれ支社を有したほか、全国に七営業所を有していたが、昭和五五年には、右営業所は三〇か所に達し、平成元年には全国で一六支社、五二営業所を有するに至った。
(五) 原告は、遅くとも昭和五二年には、東京都港区西新橋所在の当時の本社ビルの壁面に大きく「リクルート RECRUIT」と縦書きに書いた看板を、また名古屋支社ビルには屋上に大きく「リクルート」と横書きに書いた看板を、それぞれ設置していた。
原告の社内では自社を「リクルート」と呼んでいたもので、昭和四六年八月創刊の社内報「かもめ」の中では、「リクルート」は自社の表示として毎号のように使用されてきた。同誌に紹介された昭和四七年二月、三月当時の入社内定者の便りでは、内定者自身やその担任教諭が、原告を「リクルート」と表示していた。
(六) 原告は、昭和四四年には一〇七件、昭和四九年には一四三件、昭和五四年には六九三件、平成元年には三一〇四件の新聞、雑誌、テレビ等による取材を受け、報道された。
この内新聞に、原告を「日本リクルートセンター」又は「リクルートセンター」の名称で表示した記事が掲載された回数は、被告会社設立以前の時点で見ても、日本経済新聞に、昭和四六年七月から昭和五四年九月までの間に少なくとも五六回、朝日新聞に、昭和四三年六月から昭和五四年九月までの間に少なくとも三二回、毎日新聞に、昭和四六年一一月から昭和五四年九月までの間に少なくとも三一回、読売新聞に、昭和四六年五月から昭和五四年九月までの間に少なくとも二八回、サンケイ新聞に、昭和四六年七月から昭和五一年七月までの間に少なくとも一八回であった。これらの記事の多くは、原告の営業にかかわる高校生、大学生の就職問題、職業観、企業の人事管理、採用等に関するもので、記事の根幹となる調査データやその分析結果の出所として原告が表示されたり、原告の社員の発言が引用されていた。
それらの記事の中には、「大学生の人気企業リクルート社調査」等見出し中で、原告を「リクルート」又は「リクルート社」と表示しているものもあった。
また、週刊誌「サンデー毎日」昭和四二年二月二六日号、雑誌「財界」昭和五四年七月一〇日号に、それぞれ数ページにわたる原告の事業を紹介する記事が掲載されたが、それらの記事の中では、原告は「日本リクルートセンター」という表示のみではなく、「リクルート」とも表示され、更に原告の顧客企業の人事担当者の論評が引用された部分では、原告は「リクルート」と呼ばれていた。
(七) 原告が新聞、雑誌、テレビに広告宣伝費として支出した金額は、昭和四五年は一億〇五〇〇万円、昭和四九年は一億五二〇〇万円、昭和五四年は七億五〇〇〇万円、平成元年は九九億二七〇〇万円にそれぞれのぼっている。
原告は、昭和四二年から昭和五五年までの間に、日本経済新聞及び朝日新聞に掲載した広告においては自社を「日本リクルートセンター」と表示することが多かったが、昭和四三年一一月三日付け日本経済新聞掲載の一頁全面を使用した自社の求人広告においては、「日本リクルートセンター」の表示と共に、「リクルート」が原告を指す表示として使用されていた。
2 昭和六三年から平成元年にかけて大きな政治問題となった、いわゆる「リクルート事件」に関し、「リクルート」という原告の表示と、原告の営業が求人情報、進学情報等の情報誌事業を含むものであることが、各種報道機関によって繰り返し報道されたことは当裁判所に顕著である。
3 右1、2認定の事実によれば、現在では原告商号「株式会社リクルート」及び「リクルート」の表示は原告の営業を示す表示として全国的に著名であると認められる。
また、右1認定の事実によれば、原告の企業としての急成長と、広告宣伝活動や報道によって原告旧商号「株式会社日本リクルートセンター」は、昭和五五年八月に被告が設立されるより前に著名となっていたものと認められる。
更に「リクルート」の原告営業表示についてみても、前記1(五)、(七)認定のとおり、原告は自社内では、自社を「リクルート」と表示していた外、対外的にも昭和四三年に求人広告の中で自社を「リクルート」と表示し、昭和五二年の当時、東京都港区西新橋の本店及び名古屋支社において、遠くからも目立つ「リクルート」と大書した看板をビルの側面あるいは屋上に掲示していたこと、前記1(六)のとおり昭和四二年及び昭和五四年に、週刊誌の記事で原告が「リクルート」と表示され、新聞の見出し中で原告が「リクルート」あるいは「リクルート社」と表示された例があること、前記1(五)認定のとおり、原告への入社内定者や、その担任教諭が原告を「リクルート」と呼んでいる例があることに、前記1の(二)ないし(四)、(六)認定のような原告の営業活動の急成長の状況や報道機関における注目の状況等に照らせば、「リクルート」という表示は、遅くとも昭和五五年八月に被告が設立された時までには、原告の営業表示として、全国に広く認識されていたものと認められる。
三 請求原因三のとおり被告が被告営業表示を使用していることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二六〇号証及び甲第二六一号証の各一、二、乙第一〇号証の一ないし五及び弁論の全趣旨によれば、被告がその発行する月二回刊行の求人情報雑誌である「三重就職情報」及び「Future」の表紙及び裏表紙に被告商号等を表示して使用し、被告商号等を使用して営業活動をしていることが認められる。これらの事実と前記一のとおり当事者間に争いがない被告商号が「株式会社三重リクルート社」であることによれば、被告がその看板、会社案内、パンフレット、その他の印刷物に被告商号等を使用しているものと推認することができる。
四 請求原因四(原告商号等と被告商号等との類似性)について
1 原告の商号「株式会社リクルート」のうち、「株式会社」の部分は、単に会社の種別を示す表示に過ぎず特別識別力があるものではないから、右商号において、他の営業主体との識別機能を担っているのは「リクルート」の部分にあると認められ、右部分は原告営業表示とも一致する。
次に、被告商号「株式会社三重リクルート社」のうち、冒頭の「株式会社」の部分は単に会社の種別を、末尾の「社」の部分は単に会社組織であることを示す表示であり、いずれも特別識別力を有するものではないから、一般的にみれば、被告商号については、一応「三重リクルート」の部分が他の営業主体との識別の機能を担った、いわゆる要部であると認められる。もっとも、被告商号の要部は、原告商号の要部である「リクルート」の冒頭に「三重」という何人にも地名であることの明らかな語を加えたものであるが、このような商号中に含まれる地名は営業主体の所在地や営業地域を表示するものと解されることが多いところ、前記二で認定したとおり、原告商号及び原告営業表示は全国的に著名であり、かつ、原告は、国内に一六支社、五〇余りの営業所を設け全国的に事業を展開しており、当然三重県も事業活動の地域に含まれているという取引の実情を考慮すれば、原告商号及び原告営業表示との対比の局面においては、被告商号中の「三重」の部分の自他識別力は極めて弱いものと認められ、この局面においての被告商号の要部は「リクルート」の部分にあるものと認められる。したがって原告商号と被告商号を対比すると、両商号は要部「リクルート」を共通にするものであるから、類似するものであり、また、被告商号の要部は原告営業表示と同一であるから原告営業表示と被告商号も類似するものである。
2 次に原告営業表示「リクルート」と、被告営業表示「三重リクルート社」とを対比すると、被告営業表示の要部も一応「三重リクルート」の部分にあると認められるところ、右1に判断したのと同じ理由により両営業表示は類似するものと認められる。
3 被告は、「リクルート」という言葉は就職関連事業等の特定業務を示す普通名詞であって、営業活動の種類を簡潔に示すに過ぎず識別力が乏しく、被告商号の「三重」の部分が営業活動の地域、範囲を示しているので両商号は類似しないと主張する。
「リクルート」という語が、「新兵、新会員」、「新兵や新会員を入れる。雇う。」という意味の英語「recruit」に由来する外来語で、現在では「求人、人材募集、学生の就職活動」の意味で用いられていること及びそのような外来語として日常使われ、一般の国語辞典、外来語辞典等に収載されるようになったのは比較的最近のことであることは当裁判所に顕著である。
他方、前記二に認定したように、各種求人情報雑誌の発行事業を行ってきた原告は、昭和四二年頃から「リクルート」と第三者からも呼ばれ、昭和五五年八月までには「リクルート」は原告の営業表示として著名となっていたもので、今日ではその程度は更に高まっているものであり、求人、就職関係等の情報誌発行事業に関する営業主体としては、「リクルート」といえば、原告を指すものと一般に認識されているものである。求人、就職関係の情報事業自体又はその中の特定の事業が「リクルート」と呼ばれていることを認めるに足りる証拠はない。
被告の主張はその前提を欠き失当である。
五 請求原因五(営業の混同及び営業上の利益の侵害)について
1 前記二に認定のとおり、原告商号等は原告の営業表示として現在全国的に著名であり、前記一及び二1認定の事実によれば、原告と被告の事業内容は求人情報雑誌の発行という点で共通している。
また原告の営業活動を具体的に見ても、原告は全国的規模で事業を展開しており、昭和四九年当時既に名古屋支社を有し、昭和五二年頃までには、名古屋支社ビルの屋上に「リクルート」と大書した看板が設置されていたことは前記二において認定したとおりであるほか、前記甲第八号証の一ないし六、甲第一二号証ないし甲第一五号証の各一ないし四、甲第一六号証の一ないし六、甲第一七号証の一ないし四、甲第一八号証の一ないし六、甲第一九号証の一ないし五、甲第二〇号証ないし甲第二二号証の各一ないし六、甲第二三号証の一ないし五、甲第二二八号証の一ないし五及び弁論の全趣旨によれば、原告は、右名古屋支社を拠点として、三重県地方においても営業活動をしてきたもので、被告が昭和五五年八月に設立される前の昭和五三年に、原告発行の大学生向け求人用会社案内集「リクルートブック」にいずれも三重県を本拠地とする井阪商店、スーパーサンシ、マツダ株式会社などの企業が求人案内を出稿し、また昭和四九年から昭和五四年にかけても、原告発行の進学情報誌「リクルート進学ブック」に、松阪女子短期大学、皇學館大学、鈴鹿短期大学、中部調理師専門学校などの三重県内の大学、専門学校が進学案内を出稿しており、「リクルートブック」は三重大学、三重県立大学等にも配本されていることが認められる。
更に、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲二六二号証の一及び二によれば被告と取引のあった訴外会社が、被告に送金しようとして誤って原告の名古屋支社の口座に送金をしたことが現実にあったことが認められる。
2 以上のような原告商号等の著名性、原告と被告の事業内容が共通であること、営業活動地域の重なり合い、被告と原告の誤認混同の実例等を総合すれば、被告商号等が使用されることにより、これに接した取引者、需要者に、具体的な取引きの場で、被告の営業施設、営業活動を原告の営業上の施設又は活動と誤認混同を生じさせており、今後も誤認混同を生じさせるおそれがあるというべきである。
そしてこのような混同を生じ、またそのおそれが認められる以上、被告商号等の使用により原告の営業上の利益が害され、またそのおそれがあるものと認められる。
3 被告商号等のうち、「三重」の部分が営業活動の地域、範囲を示し、営業表示中の明確な差異を容易かつ確実に認識することができるから、被告の営業活動は原告の営業活動と混同を生ぜしめないとの被告の主張は前記四1の認定判断に照らせば採用できない。
また被告は、原告は、平成三年一月一日から社名の表記を英語の「RECRUIT」に変更し、既にこれを使用しているので、一層原告と被告の営業活動が混同されることはなくなっていると主張する。
成立に争いのない乙第一号証によれば、原告が平成三年一月一日に自社の社名の表記を「リクルート」から「RECRUIT」に変更したことが認められるけれども、右証拠によれば原告が変更したのは社名の表記のみで、しかも全面的に変更したものではないことが認められ、他に原告が、従来から使用し全国的に周知となっていた「リクルート」の営業表示の使用を全面的に止めたことを認めるに足りる証拠はない。
六 請求原因六(被告の故意又は過失及び原告の損害)について
1 前記二認定のとおりの原告商号等の著名性によれば、被告代表者は、被告の設立以来今日まで、原告の存在、その営業内容、原告商号等を認識していたものと推認することができるから、被告商号等を使用して営業を開始し、これを維持して不正競争防止法一条一項二号に該当する行為を行なったことについて少なくとも過失があったものと認められ、被告には、商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項により、右行為により原告の受けた損害を賠償する責任がある。
成立に争いのない乙第一一号証中右認定に反する部分はたやすく信用できない。
2 前記五認定のとおりの被告の行為により、三重県を中心とする地域において、被告の営業上の施設又は営業活動と原告の営業上の施設又は営業活動と誤認混同を生ずる状態となったのであるから、これにより、原告の信用が害されたものと認められ、これを償うに足りる損害金は一〇〇万円が相当と認める。
七 抗弁一(慣用名称の普通使用)について
「リクルート」の語が現在では「求人、人材募集、学生の就職活動」の意味に用いられることは前記四3のとおりであり、企業で社員募集、採用にあたる部署を「リクルート部」、「リクルート課」等と称するのは右の意味で使用されていることは明らかである。しかしながら、「リクルート」の語が社員を募集する企業から求人広告の出稿を受けこれを掲載した刊行物を求職者や社会一般に頒布する等の求人情報サービス又は広告業を指す普通名称となっていることを認あるに足りる証拠はない。
被告は、「リクルート」が慣用名称であることを裏付ける事実として、「リクルート」又はこれに類似する表示が、多数の企業によって使用されていると主張し、成立に争いのない乙第二号証ないし乙第八号証、乙第九号証の一ないし九によれば、全国に商号中に「リクルート」の語を含む株式会社が九企業、NTT発行の職業別電話帳(タウンページ)に「リクルート」の語を含む名前で掲載されている企業が八企業あることが認められる。しかし、成立に争いのない甲第二六九号証によれば、右の内五企業は、原告の営業所、子会社、代理店など原告自身が関係するものであることが認められ、また、前記乙第三号証、乙第六号証によれば、その他の二企業はその営業目的に就職関連の事業を含まないものと認められる。したがって、原告及び原告の関係する企業以外で就職関連の事業を営む企業は、被告を含めて全国で一〇企業程度あるに過ぎないこととなる。
更に、前記乙第二号証、乙第四号証、乙第七号証によれば、右一〇企業の内設立の時期が認定できるものは、被告が昭和五五年である外昭和五一年、昭和六一年、昭和六二年といずれも最近設立されたものであることが認められ、その他の企業についてはその設立や「リクルート」の語を含む表示を採用した時期も認められない。
右のような事情を考慮すれば、「リクルート」の語が、被告が行っている就職関連事業等の特定事業の慣用名称となっているものとも認められない。
よって被告の右抗弁は理由がない。
八 被告の抗弁二(善意の先使用)について
被告が被告商号等の使用を開始した昭和五五年八月が、原告商号等が周知となる以前であることを認めるに足りる証拠はなく被告の右抗弁は採用できない。
九 以上のとおりであるから、原告の不正競争防止法に基づく請求は、営業表示として被告商号等を使用することの差止、被告の看板等からの被告商号等の表示の抹消、被告の設立登記中の商号登記の抹消、損害賠償一〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成三年一月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、これを越える部分は理由がない。
なお原告は、商法二〇条一項及び二一条に基づく損害賠償請求もしているが、右請求に関する損害額についても、前記一〇〇万円を越える損害を基礎付ける具体的な事実についての主張、立証がなく、右金額を越える損害を認めることはできない。
一〇 以上によれば、原告の本訴請求は、主文掲記の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 西田美昭 裁判官 宍戸充 裁判官 櫻林正己)